バイトの話です。
7月20日から今日まで、お盆に若干の休みはあったものの、ほぼ毎日朝から晩まで働いてました。
夏期講習初めのころは「全ては金=購入予定のシンセサイザーのため」などと言っていましたが、真剣な生徒を見ているうちに次第に金のことを少し忘れ始めた自分に笑えましたw
こんなの自分じゃないとww
冗談はさておき、やっとお金が貯まってきました(え)。
バイトの話です。
7月20日から今日まで、お盆に若干の休みはあったものの、ほぼ毎日朝から晩まで働いてました。
夏期講習初めのころは「全ては金=購入予定のシンセサイザーのため」などと言っていましたが、真剣な生徒を見ているうちに次第に金のことを少し忘れ始めた自分に笑えましたw
こんなの自分じゃないとww
冗談はさておき、やっとお金が貯まってきました(え)。
細井です。
相変わらずアルバイトしております。
前回書いたとおり、ぼくのアルバイトは塾講師ですが、それにしても生徒はみんな一生懸命勉強してます。
本当にびっくりするくらいやってるんです。
朝の10:30から自習をしにきて、夕方まで授業を受けて22:00までまた自習をしてるんですよ。
もちろんワセヨビの学生の方に比べれば質・量とも全然低いと思いますが、自分が中学生の頃は決してこんなに勉強していませんでした。
14?15歳の子たちがこんなに頑張ってくれているから、こっちも仕事を頑張れるという感じです。
某塾の非常勤講師のバイトで中学3年生を教えています。
僕くらいの脳みそ・教養のレベルでは、教えるというのは結構葛藤のあることでして、「自分のような無知な人間が、人にモノを教えるなんて・・・」、「中学生の頃、全く宿題をやらない生徒だった自分が宿題を生徒に強要するのは気が引ける」などと考えてしまうわけです。
さらに悪いことに、慣れてくるとそのような健全な葛藤すらなくなってしまうんですね。
もちろん僕には生徒に一定量勉強させる義務がありますから、その罪悪感に耐えていろいろやっているわけですが。
それから、大学受験で予備校慣れした自分にとって、中学生向けの学習塾というのは、予備校とは求められていることが違いすぎて、そのギャップも衝撃的でした。
この手の仕事は口が上手けりゃやっていけるという側面があったりしますが、それは自分が一番嫌うところでありますので、そうはならないように常に自分を監視しつつやっていけたらと思っております。
前にも書きましたが、現在自動車教習所に通っております。
簡単だと思っていたら意外と慣れるのが大変で苦労しております。
あと、気温が異常に高いのも結構辛いんですよね。
僕は割と平気なんですが、指導員の方のモチベーションが明らかに下がっていて、笑えます。
ああ、早くこの時限の終わりを知らせるチャイムが聞きたいんだろうなというのがひしひしと伝わってきます。
でも無理もない話で、午前から夕方までびっしりと、ヘタな運転の車に乗せられてるんじゃ誰だって疲れますよね。
このように疲れて落ち着きがなくなっている指導員を見るのが最近の僕の楽しみです。
歪んでますね笑
そろそろ夏期講習も中盤にさしかかってきたところでしょうか。
僕は浪人生の頃の8月1週目には今でも忘れられない思い出があります。
浪人生の夏は基本的に毎日夏期講習やら勉強やらで遊ぶことはないわけです。
ところが8月の1週目は夏期講習で1つも授業がなかったんです。
ここぞとばかりに「この数日間は遊ぶんだ。」と決めて、高校の頃の友達とオールで遊んだりしました。
受験勉強というのは来る日も来る日も勉強・勉強・勉強といった感じに特殊で、世間からはかなり隔離された生活です。
そのような生活をしていた自分にとって、久しぶりに遊んだ数日間は、まさに非日常だったわけです。
休みが終わって勉強に戻ると、文字通り祭りのあとの寂しさのようななんともいえない感情がこみ上げてきました。
「自分は何のために浪人してるんだろう。」などと非常にありがちなことで悩むほどでした笑
そのように一瞬気持ちがブレかけても受験勉強の生活に戻れたのは、遊んだ数日間の間に活字への集中力や抽象的思考力が激しく低下していた自分にイラっとしたからでした。
「これは寂しさに浸っている場合ではないな」、「1日遊ぶたびにかなり抽象的思考力が低下するんだな」、「受験勉強は自己との対話で徹底的に思考できる一方、他者と話すということはどこかしらで常に譲歩や妥協が発生してしまうんだなー。」と。
今自分の個人ブログを見返すと、当時のことをリアルタイムで書いた記事が残っていました。
よりリアリティーを感じていただくためにそのまま載せますね。不思議なことに上に書いていた文とほとんど同じ事を言っています。
2006年08月04日
「今週は月曜から金曜まで遊び倒してみました。
何やってるんだ浪人生!って声が聞こえてきそうですがw
しかし、久々に世間に戻ってみて、いろいろな感覚が研ぎ澄まされたので、勉強にいい影響がでそうです。
ところで、なぜ世間という奇妙な言い方をしたかというと、受験生活という空間の異質性を痛感したからなんです。
それまではその異質性をほとんど感じることはなかったんですよ。
異質な物も、日常になってしまうと、その異質性に対する感覚がマヒするんでしょうね、きっと。
というよりむしろ、日常化して異質性に対する感覚をマヒさせないとやってけないというのが、正直なところだと思いますが。
話は飛びますが、5日間遊び倒してみて、今は祭りの後の淋しさ、切なさのようなものを感じています。
受験生活はかなり日常的、習慣的で単調な行いであり、そんな生活を送っていた自分にとっては、遊ぶというのは、ただそれだけで非日常的な行為なんですね。
そういう意味で特別な時間が過ぎてしまったあとの虚しさというのを感じているわけなんです。
うん、本当に何かどうしようもない感情です。
でもそんなに感傷に浸っている暇はないので、また厳しい心を取り戻して、再び自分をしゃべり相手に頑張っていきます。
何しろ自分以外の人間としゃべると、常に譲歩が発生するので、心が甘くなってしまうんですよ。
ただそれは全然悪いことじゃないし、というより当たり前のことだし、本来はそうあるべきなんです。
ただ、受験生活においては不利なんでね。
話がゴタゴタしましたが、再び頑張ります!!」
浪人生のみなさん、精神的にいろいろとあるでしょうが頑張ってくださいね。
お忙しい中最後まで読んでいただいてありがとうございました。
7月末日にようやくテストが終わりまして、精神的にだいぶ楽になりました、細井です。
前期の最後のテストを終えて早稲田のキャンパスを歩いているとセミが鳴いていましたよ。
とても風情があります。人間も動物ですから、自然を感じられる瞬間には他では得られない精神の充実があるものですね。
思えば人生の中で思い出深いシーンといえば、人工的なもので得た擬似的なものよりも、自然が関わっている場合のほうが多い気がします。
受験生の方も勉強のしすぎで頭がぼんやりしてきたら外の空気を吸って、リフレッシュすると集中力がアップしていいのではないでしょうか。