食べる、ということ
バイトしかしていないのに、太股も腕も筋肉痛です。
「中学の頃はソフトボール部だった」と言うと、
「ポジションは?」と訊かれ、
「キャッチャー」と答えると、
「っぽい!」と必ず言われるほど、キャッチャー体型なわたしが、
ソフトボールをやっていないのにキャッチャー体型を維持している不思議。
それは偏にバイトのお陰でしょう。
肉体労働ではありますが、色々と考えさせられることがあります。
食べる、ということについて。
揚がってきたカツを切ると、ジワッと血が滲み出てくることがあります。
それを拭き取り、残った血管をピンセットで取り除いてから、ホールに渡します。
お客様がそれを見たら、気持ち悪いと思うから。
でも、食べる、ってそういうことですよね。
斎藤先生の現代文の授業でも習いました。
でも、そういう過程って、未開の地でしか目にしないことだと思っていました。
現代日本でも、食の現場では、全然あり得ることなんですね。
今日も、手羽先を食べて、わたしがしゃぶりついた後に残った骨を見て、
あぁ、と思いました。
食べる、ということについて、食べる前に食べた後に、ちょっと考えてみては。
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