ひと夏の実験―江戸の美学―
ありがたいことに「肌がきれい」と言われることが多いです。
昔からよく言わたので、自分でも認めることにしました。
でも、上京してからの肌は酷いもので、上京したての頃は、
シャワー浴びる度に、皮が剥けるわボツボツになるわで大変でした。
都会のシャワーは塩素が強いんだと思います。
最近は身体が慣れてきたのか、反応しなくなりました。 慣れって怖い。
わたしは基本、顔を洗いません。
と言い切ってしまっては語弊がありますが、朝起きたときと帰宅したとき、
水で三掻きするくらいです。 気分が乗っても五掻きです。
母にはよく「猫みたい」と言われます。
友人には「嘘だ!」と言われますが、ひとを疑う前にやってみて欲しい。
大学生なんて休みがあと一ヶ月もあるのだから、やってみりゃいいのに。
夏休みの自由研究として是非、実験していただきたい。
わたしは化粧もあまりしません。 ファンデーションは絶対使いません。
あの、肌が息できてない感じが、堪らなく嫌です。 匂いも嫌です。
同じ理由で、日焼け止めクリームも洗顔フォームも使いません。
"いい匂い"の商品が売られていますが、あの匂いを作り出すために、
どれほど多くの科学薬品が使われているのか。 あんなの顔に塗れません。
江戸時代、上方には【プラスの美学】が存在しました。
白粉を塗り、紅を重ね、着飾り、美しくなるためにどんどん載せていくのです。
それに対して、江戸には【マイナスの美学】が存在しました。
よく、【粋(いき)】と言いますが、それは【息(いき)】に通じます。
空気は吐いて初めて息になりますが、身の内から外に出していく行為、即ち
削ぎ落とし、背負い込まず、吐いていって、最後に残った骨格に何かパッと
着けること、そこに、江戸のひとは美しさを見出したそうです。
だからスッピンを磨き、紅を差すくらいがちょうどよかったんです。
時代が違いますが、わたしはこの考え方でいます。
参考:杉浦日向子 『お江戸風流さんぽ道』 小学館 (2005年)
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