2008年10月アーカイブ

キャンパスツアーガイドは年に二回、春と秋に募集がかかります。

08秋採用の募集が、昨日から始まりました。

ついつい目を通してしまう、募集条件(笑)

・早稲田大学が大好きな人

・責任感のある人

・大きな声が出せる人

・人に喜んでもらうのが大好きな人

・ガイド研修に耐えられる努力の人

・少なくとも月4、5回はツアーが出来る人

という条件は、わたしが応募したときから変わってないのですが、

今回新たに、

・英会話に自信がある方歓迎

というのが加わっていて、なるほどな、と思いました。

確かに、年々海外からのお客様が増えている気がします。

「通訳いるって言ったのに、きてないじゃん!」みたいなことも、何度かありました。

そんなとき、即興で英語ツアーできるガイドと、できないガイドだったら、

できるガイドの方が魅力的ですよね。 トホホ......

わたしは「韓国人対応ガイドになる」と言って逃げてきましたが、

やっぱ、英語ツアーはこなせて当たり前なのかも、大学生なら。

今日もツアーで高校生に「英語を制する者は受験を制す」と言ったからには、

やれなきゃ説得力のカケラもありゃしません。

シナリオ作って丸憶えすれば、できないこともないのか。

早稲田を愛してるなら、そんくらい、やっていいんだよね。 やってみようかなぁ(・∀・)

風が!

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今日! 風が変わった気がします!

昼はポカポカ温かかったのに(ツアー二本やったせいか?)、

夜の馬場歩きは寒かったです。

そう、朝の馬場歩きでは汗かいたのに!

寒さで耳が痛くなる感覚が久々で、身が引き締まる思いでした。

中学生の頃、秋のこんな寒さの中、ソフトボールするのが好きでした。

懐かしいなぁ。 秋はなんだか哀愁漂います。

寒くて縮こまった血管が、温かい車内に入って膨張したのか、頭が痛くなりました。

そろそろ帽子の出番かな。 

早稲田の杜のイチョウも、だいぶ色づいてきました。

あ、風鈴しまわなきゃ! 秋の空にチリリンなんて、可笑しいですね(^^;)

昨日はホームカミングデー・稲門祭でした。

卒業後25、35、45、50年経った校友の方々をお招きする、お祭りです。

毎年ガイドはキャンパスツアーのため参加します。

こんなにも愛された大学に在籍していることの幸せを、再確認できる日です。

昨日は朝からキャンパスツアーをご案内するチラシを配っていたのですが、

わたしは午前中に記念式典が行われる、戸山キャンパスで配っていました。

かまぼこ型の記念会堂の前には、会館前にも関わらず、多くの校友の方が

いらっしゃいました。 BGMに早稲田メドレー。 入学式を思い出しました。

そこで待ち合わせなさる方が多く、久々にお会いになるお友達を見つけては、

「おお」と歓喜の声が上がりました。 同時にほころぶお顔、嬉しそうでした。

チラシを配っているわたしを止め、思い出話を始める校友の方も多かったです。

いつもは早稲田の情報を提供しているガイドが、逆に早稲田の話を聞ける、

これぞホームカミングデーの醍醐味です。

「昔はバカが多かったからねぇ、いまはそんな学生いるか分からないけど、ボク

卒業式のとき、友人と二人で大隈さん(銅像によじ登って)挟んで、写真撮った

んだ。小さく見えるけど、並んだらボク、大隈さんの肩くらいしかなかったよ。」

校友の方がよく口にする愛情たっぷりの「バカ」ということばが、大好きです。

校友:「ここ(記念会堂)もう入っていいの?受付なんてものはないのかねぇ。」

近藤:「先程から皆さん、ご自由に入って行かれてます。」

校友:「ヘヘッ早稲田らしいや。勝手に入っていいんだね。」

校友:「出席なんて取らないよ。入学式や卒業式もそうだった。」

校友:「ボク入学式下駄で行ったら、入口で警備員にモシモシって止められたよ。」

校友:「そうなの?ボクなんかいつも下駄だったよ。」

終始ご満悦の校友の方々の会話に聞き惚れ、昨日は満たされた一日でした。

わたしが招待されるのは、49歳のとき。 いまからスゴく楽しみです(^^)♪

からす

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好きです。 けっこう大好きな部類です。

からすと人間が仲良しなんて、

『魔女の宅急便』でしかあり得ない話、なんて思わないで下さい。

「かー子さん」という(小学生の頃、勝手に名づけた)からすがいます。

彼女はあるとき、番になって現れ、そしてあるとき、娘を連れてやってきました。

その娘からすは両親について飛んでくるものの、まだ飛行に安定感がありません。

バタバタと必死な感じがまた可愛らしいのですが。

首のところがまだフワフワの柔らかい毛で、小さくって、本っ当に可愛い(^∀^)

この前実家に帰ったときのことです。 玄関を開けると、木の実がいっぱい生った、

小さな木の枝がありました。 そこに落ちている、というより、丁寧に置かれた感が

あったので、周りを見渡すと、電線の上に、娘からすがちょこんと座っていました。

どうやら、こちらの様子を窺っているようです。

「これ、あなたが持ってきてくれたのね。ありがとう。」と言うと、首を傾げ、

まんざらでもない様子。 今度はわたしの父に同じことを言わせ、飛んで行きました。

お父さんお母さんから離れ、ひとりで遊びにきたのでしょう。

「かー子さん」の時代から、よく物を貰いました。

実家で飼っていた犬の毛が生え変わる季節になると、

口ばしに抱えきれないほどの毛をくわえて、飛んで行きました。 越冬の準備です。

次の日には必ず何か、玄関の前に置いてありました。

五寸釘の日もありました。 彼らにとって光り物は宝ですから、とても嬉しかったです。

田舎のからすには愛嬌があります。

この前、都会のからすに話しかけてみたら、ビックリして飛んで行ってしまいました。

からすは本当は義理人情の厚い生き物なんです。

『ふくろうのそめものや』は間違っています。

彼らを悪役にしてしまったのは、人間ですよ。

昨日はツアーを二本やりました。 で、帰宅して爆睡しました。

90分間、歩きながら説明しつづけるのは疲れます。

でも、そうやって考えたら、小学校の先生ってスゴいですよね?

わたしの小学校は、45分×(六年生だと最高)6コマ、でした。

中学校みたいに国語の先生、社会の先生、と担当が分かれていなかったので、

担任の先生が全部教えたんですね。

一日270分、生徒に説明しつづける。 つまり、ツアー三本分。

それをほぼ毎日なのですから、タフですよね!!!

小学校では、色々なことを躾けられました。

一、話者の目を見て話を聞くこと。

一、あくびが出そうになったら噛み殺すこと。

一、手は膝の上っ!

一、挙手のときは、腕を耳につけてピンと!

リコーダーを一音も違わずに吹くことや、一段落突っ掛からず音読することなど、

一体何の意味があるのだろう、というような授業もありましたが、思い返せば、

これらの授業で魅せた自分の集中力は、素晴らしいものでした。

きっと、先生方の目的は、そこにあったんでしょうね。

プラスアルファで、リコーダーが上手くなればいいな、的に考えてらしたのでは。

今度お目に掛かる機会があれば、その真意をお伺いしたいと思ってます(笑)

普通の県立でしたが、中学校も軍隊みたいなところでした。

先生「分かりましたか?」生徒「はい!」先生「声小せぇ!」生徒「ハイッ!!」。

そんな毎日に不満は覚えず、むしろそれが快感でした。

先生が全校生徒の名前を把握し、個々の才能を見出し、認めてくださったので、

正に、すくすく育つことができたのではないかなぁ、と思います。

高校、大学と、大きな世界に出るにつれて、

自分は厳しく躾けられた、と実感することが多いですが、そのことに感謝です。

弱者を苛めるのは、たいてい弱者です。

デカ犬に向かって吠えるチビ犬と一緒です。

だから、苛めてるひとの方が惨めに見えます。

大衆の前で辱められているひとがいたら、皆さんはどうしますか?

正義のヒロインとして活躍するシナリオは、何本もできています。

こう言う。 ああ言う。 ああ殴る。 妄想の中のわたしは、怖いものなしです。

ただ、実際にやってみたのは、記憶にある限りで、二回でしょうか。

小学生のとき一回、浪人生のとき一回。

小学生のときのは取るに足らない話なので書きませんが、

浪人生のときのは、全くの他人を満員電車の中で救った(つもりな)のですから、

(自分なりに)勇気を振り絞って頑張った方です。 ご紹介します。

あれは、受験で早稲田に向かう途中、満員電車で付き添いの母と一緒に、

人間サンドウィッチになって揺られていたときのことです。

黄色いジャンパーの兄ちゃんが、スーツのおじさんに言い掛かりをつけたのです。

「朝っぱらからこんなの読んでんじゃねーよ」と。 その後もブツクサブツクサ。

おじさんが何を読んでたのか気になりつつ、いつまでも文句たれてる兄ちゃんに、

だんだん苛立ってきました。 罪がないおじさんは、迫力に圧され謝りました。

謝る必要ないじゃん! おじさん、謝っちゃダメだよ! こころの中で言いました。

にも関わらず、まだ何か言ってやがる!

何か、犯人(じゃないけど)の気を別の方向に逸らすいい方法はないか、と思い、

わたしが(車内にしては)割と大きな声で言った台詞、それが、

「うんこ漏れそう」

一緒にいた母唖然。

しかし、母の話によると、わたしの後ろに立っていたサラリーマンの方がオロオロ。

周りの方に多大なるご迷惑をおかけしながらも、作戦成功。 犯人は黙りました。

きっと、わたしと母の、「間に合う?」「ダメかも」、という会話に、

耳をそばだてていたのでしょう。

ドアが開くと、おじさんはそそくさと出て行きました。 当たり前です。 可哀相に。 

ひとの波に巻き込まれ、運よく兄ちゃんがわたしの前にきたので、

ここぞとばかり、電車の揺れのせいにして打つかってやりました。

本当は、おじさん自身を全く救えていないし、わたしがここまでやる必要はなかった、

と思いますが、今日が本番!という日に、朝から嫌な気分でいたくなかったのです。

これはつまり、おじさんを救う名目で実は、試験直前の自分を奮起させたのでした。

受験生の皆さん、群集心理に巻き込まれず、気持ちよく机に向かって下さい!

なぁんて、群集心理に巻き込まれたの、わたしの方ですけど。。。

夫婦

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「将来の夢はお嫁さん!」とかいう女が嫌いでした。

ですが、そんなわたしの最近の夢が、お嫁さんだったりします。

できることなら学生結婚して学費半分で卒業したい(笑)

学生のうちに子どもも産みたいくらいです。

文キャンは(二文の影響で)お母さんにもやさしいキャンパスのはずなのに、

お母さん学生を目にする回数は、わたしが一、二年生のときに比べ、

やはり少なくなったような気がします。 ちょっと寂しいですね。。。

――さて、今日は創立記念日のため、全学休講でした。

なので散歩がてら、本籍がある区役所まで行き、戸籍謄本を貰ってきました。

戸籍って、見てると面白いですね。 ある意味、夫婦の歴史書でもあります。

最近、夫婦って面白いなぁ、と思います。 世の中の夫婦を見てると楽しいです。

一、妻のことを「学が無い」と言いながら、彼女の作る料理にベタ惚れの夫。

一、「アンタ呆けたんじゃないの!しっかりしてよ!」と心配のあまり怒るものの、

途中から可笑しくなって笑ってしまった妻と、それを見てはにかむ夫。

一、サービス精神旺盛な夫と、主張がないが、夫の献身に満足そうな妻。

わたしもいつか、この謄本から名前を消して、新たな歴史を作るのでしょう。

どんな歴史書ができるかな( ^∀^)(^∀^ )

初六本木!

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今日、六本木に行ってきました! 人生初です!

授業後、夜の六本木に、完全なるおのぼりさんが繰り出しました!

森美術館の招待券をいただいたんです!

まずはスカイデッキにて夜景を堪能。

のはずが、自分がいたのはスカイデッキではなかったことが判明。

時間が過ぎてて結局スカイデッキには行けなかったのですが、 

それでも地上52階からの眺めは爽快でした。 こころが洗われる感じでした。

美術館では、フランス人女性アーティストの展覧会が行われていました。

ぬいぐるみとかがあったんですが、ぬいぐるみって、魂宿るじゃないですか。

いや、絵だって何だって、宿るものには宿るんでしょうけど、

古着にも抵抗感があるわたしにとっては、なんだか昨日は刺激が強くてダメでした。

空腹も手伝い、何度か足元がフラフラしました。

出口では、深い映画を一本観終わって出てきた感覚に陥りました。

特に、狂牛病を扱った作品が印象的でした。 忘れられません。

今回の展覧会は、自分の力では行かなかった、即ち、チケットをいただかなければ、

行こう、という気にならなかったジャンルのものでした。

だからこそ、いまだかつてない衝撃を受け、気づかされる箇所が多かったです。

観てよかった。 いい経験になりました。 メルシー(^з^)

22号館前

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22号館、別名インターナショナルセンター前は、正にインターナショナル。

日本じゃないみたいです。 早稲田ではなく、「WASEDA」。

折角日本に来たなら日本語しゃべればいいのに、と思ったりもしますが、

とにかく不思議な光景が広がっています。

いままで「留学生」という存在を、外からしか眺めたことのなかったわたしですが、

今度はわたしが留学生になるんだ、と最近になってようやく実感が湧きました。

わたしも韓国に行けば、現地の学生の目にこう映るんだなぁ、と彼らに親近感を

抱くようになりました。

実はこれまで、何となく、留学生に対して甘くなってしまうことが多かったです。

例えば、同じ行為をしたとしても、それを日本人がしたならイラッときてしまうのに、

留学生がしたなら寛大な眼差しで見届けてしまう自分がいました。

でも最近は違います。 ちゃんとイラッとくるのです。←この表現可笑しいですが。

「日本で産まれ育っていない」というフィルターを介さずに、見るようになりました。

わたしも留学したら、そう扱って欲しいからです。

反対に、きちんと「留学生」として、わたしを活用して欲しい、と思うときもあります。

産まれ育った環境が違う、というのは特殊ですから、異文化研究に最適ですもん。

拮抗した気持ちの狭間で生きている。 留学生って、実はみんな、こんなもん??

これは自惚れではない。

しかし、どうすれば、わたしのような子どもに育つのか、考えてみた(笑)

一、食べ物の好き嫌いがない。

二、お金を遣わない。

三、いまだに父と寝れる。

この三拍子が揃っていれば、一家安泰ではないか?

 

苦手な食べ物はあるが残さず食べる。 例えば、わたしはマカロニサラダが

苦手だが、市販の弁当に入っていれば、文句を言わずに食べ切る。

出されたものを残すことは、まずない。――

最近、物欲がなくなってきた。 目の保養としていたデパ地下めぐりの回数も、

めっきり減った。――

(本当は白無垢文金高島田がいいが、)父とバージンロードを歩き、ダンナの

手に渡る瞬間の、父の顔を想像するだけで泣ける。――

 

しかし、まだ嫌いな食べ物に出会っていないだけだろうし、

お金を遣わないが気も遣わないし、

未来のダンナが父親と仲がいいことを嫌うかも知れないので、

わたしと瓜二つの人間は、この世には必要ない。

ならば、わたしは自分の人生を謳歌するしかない。

紅白鍋合戦

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tounyuu.JPG

上が二週間前に食べた「白」。

人生初の「豆乳鍋」。

下が今日食べた「紅」。

お馴染み「キムチ鍋」。

嫌いな食べ物がないわたしですが、

豆乳鍋は別にもう食べなくていいかな、って感じです。

自分にも苦手な食べ物があったことに驚きでした。

でもきっとまたいつか食べちゃうんだろうな(笑)akanabe.JPG

わたしはやはり胃が燃え上がるような辛い鍋が好きです。

元気が出ます!!  実は最近沈滞気味だったのですが、

今日は早明戦参戦(?)後、野菜たっぷりキムチ鍋で回復、

さっき昼寝(?)から目が覚めて、完全復活を遂げました!!

嗚呼、ニンニク臭い幸せ、ったらないです。

餃子におろしニンニクかけて食べる娘を見て、かつて両親は

仰天しましたが、いまでは「ニンニクあるよ、かけないの?」

気遣ってくれます。 そして、幸せのニオイが漂うのです。

 

ほや

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hoya.JPGほや、食べたことありますか?

わたしは小学生の頃、ハマリました。

氷水の中にきゅうりと一緒に入れて、

お酢をかけて食べるのが好きです。

あの口に残る甘ったるさがヤミツキです。

長距離走った後に、カラッカラの内臓から

込み上げてくる息のような、あの甘さ(笑)

で、最近母がハマってるのが、これです。

母は最近よく仕事で東京にくるのですが、新幹線に乗ってくるときは

必ず買ってきます! 車内販売にあるんです!

焼肉味キャラメルみたいなもんだと思って、初めは食べるの躊躇った

のですが、キャラメルじゃなかったです! これぞ珍味っ! 旨いっ!

皆さんも、東北新幹線「はやて」にお乗りの際は、是非お試しあれ。

水月堂(http://www.suigetsudo.jp/index.html

無題

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肉体は借り物に過ぎない。

でももう顔が見れないと思うと、なんでこんなに寂しいんだろ。

魂の入れ物に過ぎなくても、やっぱ愛着って、どうしょもない。

先日、バイトを辞める決意をしました。

学校が週六で入っているので、どうにもこうにも働けないのです。(※)

が、菓子折りを持って最後の挨拶に行こうと思っていたところ、

店長が、「籍だけは置いといて、入れるとき入れ」と、ビックリするほど

優しい提案をしてくださったので、完全に辞めたわけではありません。

稼がにゃならんのですが、暫くの間、学業に専念することになりました。

土日は無理をすれば入れますが、土日にこそ各種講演会が催されて、

一年生の頃はそれによく参加していたことを考えると、お金を稼ぐため

だけにその時間を潰してしまうのは非常に勿体ない、と思ったのです。

バイト仲間との信頼関係のことを考えると、みんなだって学生なのに、

わたしだけこんなんで申し訳ない、と思いますが、すみません。。。

「近ちゃんがやりたいことを最優先させるべき」と言ってくれる、

本っっっ当に心優しいバイト仲間に、感謝してます(;∀;)

※ 時間割の組み方次第で、大学生はいくらでもバイトが可能です。

教材トラウマ

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教材を買って、長続きしたことがありません。

小学校低学年のときは進研ゼミ、高学年のときは東京学参。

果たして、何ページ開いたろう。

わたしがお金を遣えない性格なのは、親の教育方針とは全く関係ありません。

ただ、当時、幼心に、親への償いの気持ちが芽生えたことは確かです。

叱られたわけじゃないのに。 子どもって不思議ですね。

親との食事のときはいまだに、「気にしないで高いもの食え」と言われます(笑)

情けない娘です。。。

が、今回、懲りもぜず、実に十年ぶりに教材に手を出してしまいました!!

学費を払ってスッカラカンになってしまった通帳と、少々にらめっこ。

そんなに高いものじゃないので、買うことにしました。

安いし自腹ですが、だからと言って失敗が許されるわけもなく、

これを成功させることが、ある意味、トラウマからの解脱であります。(大袈裟か。)

一応、親に電話をして是非を問うてしまうのが、更にわたしの情けないとこですが、

「今度は頑張ります」と、なぜか敬語で話してしまいました(^^)ゞ

親がわたしのやることに反対しないのは初めから分かっていますが、毎回確認して

しまうのは、背中を押して欲しいからなのかも。 ああ、なんて情けない娘なの(笑)

疲れたーーー。

本当ならこんなことばを吐きたくないのですが、

後期が始まって今日でやっと、わたしにとっての一週間が終わりました。

大学生の一週間は、ひと夫々です。

後期は週六で授業を入れてしまったので、

月曜日から土曜日まで六日間、気が抜けません。

不器っちょなので、手も抜けません。 手を抜く気はないんですけどね(笑)

帰ってきてベッドに横たわったものの、気が立っていて、本を読んでしまいました。

このヤル気に満ちた自分は時限付きかも知れない、と思うと恐ろしいですが、

とにかく今週は、真面目モードから反れることなく、真面目ロードをブッ飛ばしました。

この一週間、授業にハズレがなかったです。

と言うと生意気ですが、いままで手当たり次第に取りたい授業を取ってきて、

特に去年は、自分の研究に一貫性を見出せないことに悩んでいましたが、

点と点が線で繋がれるような、目の覚めるような体験を今週はしました。 それも複数。

そりゃ点がいっぱいありゃどれかとは繋がるわな、って気もしますが、嬉しかったです。

朝がツラい季節がやってきますが、今学期は張り切って起きれるような気がします↑↑

夏の初め、韓国からいらした先生に日本語を教える、みたいなことを書きましたが、

先日、それはどうなった、とワセヨビ仲間に訊かれました。

そうそう、わたし、あの後、そのことについて記事書いてませんでしたね。

先生とは一ヶ月間のお約束でしたが、その後もお会いする機会があり、その度に

様々な発見があって、笑ったり、悩んだり、とにかく実りの多い時間を過ごしています。

で、今日は演劇博物館に行かれるとのことだったので、理由をお訊きしたところ、

資料館にご用がおありとのこと。 そこで、何の資料か、ということを更にお訊きすると、

(先生の研究に関わることなので、公開は控えさせていただきます)

なんだか居ても立ってもいられなくなり、同行させていただきました!!

わたしがこういった場面で積極的になるのは、(残念ながら)珍しいことです。

そこで出てきた資料は、ある作品のナマ原稿だったのですが、

朱色で書かれた検閲の跡など、大日本帝国のニオイがプンプンしました。

原稿はほとんど「変体仮名」や「くずし字」で書かれていて、読解はかなり困難でした。

「変体仮名」「くずし字」と呼ばれる文字を読解する授業を、一年生の頃取っていたこと、

そしてその頃は、日本史学専修に進もう、と思っていたことを急に思い出しました!!

アドレナリン が出ました(笑)

折角読めるんだから、その能力活かさないと勿体ないですよね。 読もう、わたし!!

今日もまた新しい発見があって、わたしは手相とかよく分かりませんが、絶っっっ対っ、

人との出会いに恵まれてる相だと思います。

末尾ですが、今回の出会いを授けて下さった、金應教先生に感謝申し上げます。

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