師匠と弟子のいい関係
「南道詩歌文学」という、
授業を聴いている。
長さや形式は違うが、
日本でいう、
短歌みたいのを扱う。
朝鮮時代の作品が多い。
『万葉集』とかの解析が、
我々に難しいのと同様、
韓国人にとっても難しい、
「古典」と対峙している。
これが意外と楽しい(笑)
南道詩歌とは何かと言うと、南道に所縁のある人物が残した詩歌のことである。
南道で生まれた、南道で育った、南道で流配生活を送った、等々。
奇大升(キデスン)という人物について習う時、必ず李黄(イファン)との話が登場する。
二人は1559年から66年にかけて実に八年間、哲学(朝鮮儒学)論争を繰り広げた。
李黄が師匠で奇大升が弟子。 歳の差は26才。 親子ほど離れている二人の論争。
わたしが読んだ本では、奇大升の鬼才ぶりにスポットライトが当たっているが、むしろ、
弟子と真摯に向き合った師匠である李黄の姿に、わたしは心動かされるのだ。
その道の先輩・後輩は存在しても、「学ぶ者」として、土俵は同じってこと。
だとしたら、偉ぶったり、謙遜したりしないで、ピュアな気持ちで向き合いたい。
わたしも奇大升のような弟子でありたいし、いつの日か李黄のような師匠になりたい。
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