大学生の徒然: 2008年10月アーカイブ
今日! 風が変わった気がします!
昼はポカポカ温かかったのに(ツアー二本やったせいか?)、
夜の馬場歩きは寒かったです。
そう、朝の馬場歩きでは汗かいたのに!
寒さで耳が痛くなる感覚が久々で、身が引き締まる思いでした。
中学生の頃、秋のこんな寒さの中、ソフトボールするのが好きでした。
懐かしいなぁ。 秋はなんだか哀愁漂います。
寒くて縮こまった血管が、温かい車内に入って膨張したのか、頭が痛くなりました。
そろそろ帽子の出番かな。
早稲田の杜のイチョウも、だいぶ色づいてきました。
あ、風鈴しまわなきゃ! 秋の空にチリリンなんて、可笑しいですね(^^;)
好きです。 けっこう大好きな部類です。
からすと人間が仲良しなんて、
『魔女の宅急便』でしかあり得ない話、なんて思わないで下さい。
「かー子さん」という(小学生の頃、勝手に名づけた)からすがいます。
彼女はあるとき、番になって現れ、そしてあるとき、娘を連れてやってきました。
その娘からすは両親について飛んでくるものの、まだ飛行に安定感がありません。
バタバタと必死な感じがまた可愛らしいのですが。
首のところがまだフワフワの柔らかい毛で、小さくって、本っ当に可愛い(^∀^)
この前実家に帰ったときのことです。 玄関を開けると、木の実がいっぱい生った、
小さな木の枝がありました。 そこに落ちている、というより、丁寧に置かれた感が
あったので、周りを見渡すと、電線の上に、娘からすがちょこんと座っていました。
どうやら、こちらの様子を窺っているようです。
「これ、あなたが持ってきてくれたのね。ありがとう。」と言うと、首を傾げ、
まんざらでもない様子。 今度はわたしの父に同じことを言わせ、飛んで行きました。
お父さんお母さんから離れ、ひとりで遊びにきたのでしょう。
「かー子さん」の時代から、よく物を貰いました。
実家で飼っていた犬の毛が生え変わる季節になると、
口ばしに抱えきれないほどの毛をくわえて、飛んで行きました。 越冬の準備です。
次の日には必ず何か、玄関の前に置いてありました。
五寸釘の日もありました。 彼らにとって光り物は宝ですから、とても嬉しかったです。
田舎のからすには愛嬌があります。
この前、都会のからすに話しかけてみたら、ビックリして飛んで行ってしまいました。
からすは本当は義理人情の厚い生き物なんです。
『ふくろうのそめものや』は間違っています。
彼らを悪役にしてしまったのは、人間ですよ。
昨日はツアーを二本やりました。 で、帰宅して爆睡しました。
90分間、歩きながら説明しつづけるのは疲れます。
でも、そうやって考えたら、小学校の先生ってスゴいですよね?
わたしの小学校は、45分×(六年生だと最高)6コマ、でした。
中学校みたいに国語の先生、社会の先生、と担当が分かれていなかったので、
担任の先生が全部教えたんですね。
一日270分、生徒に説明しつづける。 つまり、ツアー三本分。
それをほぼ毎日なのですから、タフですよね!!!
小学校では、色々なことを躾けられました。
一、話者の目を見て話を聞くこと。
一、あくびが出そうになったら噛み殺すこと。
一、手は膝の上っ!
一、挙手のときは、腕を耳につけてピンと!
リコーダーを一音も違わずに吹くことや、一段落突っ掛からず音読することなど、
一体何の意味があるのだろう、というような授業もありましたが、思い返せば、
これらの授業で魅せた自分の集中力は、素晴らしいものでした。
きっと、先生方の目的は、そこにあったんでしょうね。
プラスアルファで、リコーダーが上手くなればいいな、的に考えてらしたのでは。
今度お目に掛かる機会があれば、その真意をお伺いしたいと思ってます(笑)
普通の県立でしたが、中学校も軍隊みたいなところでした。
先生「分かりましたか?」生徒「はい!」先生「声小せぇ!」生徒「ハイッ!!」。
そんな毎日に不満は覚えず、むしろそれが快感でした。
先生が全校生徒の名前を把握し、個々の才能を見出し、認めてくださったので、
正に、すくすく育つことができたのではないかなぁ、と思います。
高校、大学と、大きな世界に出るにつれて、
自分は厳しく躾けられた、と実感することが多いですが、そのことに感謝です。
「将来の夢はお嫁さん!」とかいう女が嫌いでした。
ですが、そんなわたしの最近の夢が、お嫁さんだったりします。
できることなら学生結婚して学費半分で卒業したい(笑)
学生のうちに子どもも産みたいくらいです。
文キャンは(二文の影響で)お母さんにもやさしいキャンパスのはずなのに、
お母さん学生を目にする回数は、わたしが一、二年生のときに比べ、
やはり少なくなったような気がします。 ちょっと寂しいですね。。。
――さて、今日は創立記念日のため、全学休講でした。
なので散歩がてら、本籍がある区役所まで行き、戸籍謄本を貰ってきました。
戸籍って、見てると面白いですね。 ある意味、夫婦の歴史書でもあります。
最近、夫婦って面白いなぁ、と思います。 世の中の夫婦を見てると楽しいです。
一、妻のことを「学が無い」と言いながら、彼女の作る料理にベタ惚れの夫。
一、「アンタ呆けたんじゃないの!しっかりしてよ!」と心配のあまり怒るものの、
途中から可笑しくなって笑ってしまった妻と、それを見てはにかむ夫。
一、サービス精神旺盛な夫と、主張がないが、夫の献身に満足そうな妻。
わたしもいつか、この謄本から名前を消して、新たな歴史を作るのでしょう。
どんな歴史書ができるかな( ^∀^)(^∀^ )
今日、六本木に行ってきました! 人生初です!
授業後、夜の六本木に、完全なるおのぼりさんが繰り出しました!
森美術館の招待券をいただいたんです!
まずはスカイデッキにて夜景を堪能。
のはずが、自分がいたのはスカイデッキではなかったことが判明。
時間が過ぎてて結局スカイデッキには行けなかったのですが、
それでも地上52階からの眺めは爽快でした。 こころが洗われる感じでした。
美術館では、フランス人女性アーティストの展覧会が行われていました。
ぬいぐるみとかがあったんですが、ぬいぐるみって、魂宿るじゃないですか。
いや、絵だって何だって、宿るものには宿るんでしょうけど、
古着にも抵抗感があるわたしにとっては、なんだか昨日は刺激が強くてダメでした。
空腹も手伝い、何度か足元がフラフラしました。
出口では、深い映画を一本観終わって出てきた感覚に陥りました。
特に、狂牛病を扱った作品が印象的でした。 忘れられません。
今回の展覧会は、自分の力では行かなかった、即ち、チケットをいただかなければ、
行こう、という気にならなかったジャンルのものでした。
だからこそ、いまだかつてない衝撃を受け、気づかされる箇所が多かったです。
観てよかった。 いい経験になりました。 メルシー(^з^)
これは自惚れではない。
しかし、どうすれば、わたしのような子どもに育つのか、考えてみた(笑)
一、食べ物の好き嫌いがない。
二、お金を遣わない。
三、いまだに父と寝れる。
この三拍子が揃っていれば、一家安泰ではないか?
苦手な食べ物はあるが残さず食べる。 例えば、わたしはマカロニサラダが
苦手だが、市販の弁当に入っていれば、文句を言わずに食べ切る。
出されたものを残すことは、まずない。――
最近、物欲がなくなってきた。 目の保養としていたデパ地下めぐりの回数も、
めっきり減った。――
(本当は白無垢文金高島田がいいが、)父とバージンロードを歩き、ダンナの
手に渡る瞬間の、父の顔を想像するだけで泣ける。――
しかし、まだ嫌いな食べ物に出会っていないだけだろうし、
お金を遣わないが気も遣わないし、
未来のダンナが父親と仲がいいことを嫌うかも知れないので、
わたしと瓜二つの人間は、この世には必要ない。
ならば、わたしは自分の人生を謳歌するしかない。
上が二週間前に食べた「白」。
人生初の「豆乳鍋」。
下が今日食べた「紅」。
お馴染み「キムチ鍋」。
嫌いな食べ物がないわたしですが、
豆乳鍋は別にもう食べなくていいかな、って感じです。
自分にも苦手な食べ物があったことに驚きでした。
でもきっとまたいつか食べちゃうんだろうな(笑)
わたしはやはり胃が燃え上がるような辛い鍋が好きです。
元気が出ます!! 実は最近沈滞気味だったのですが、
今日は早明戦参戦(?)後、野菜たっぷりキムチ鍋で回復、
さっき昼寝(?)から目が覚めて、完全復活を遂げました!!
嗚呼、ニンニク臭い幸せ、ったらないです。
餃子におろしニンニクかけて食べる娘を見て、かつて両親は
仰天しましたが、いまでは「ニンニクあるよ、かけないの?」
と 気遣ってくれます。 そして、幸せのニオイが漂うのです。
ほや、食べたことありますか?
わたしは小学生の頃、ハマリました。
氷水の中にきゅうりと一緒に入れて、
お酢をかけて食べるのが好きです。
あの口に残る甘ったるさがヤミツキです。
長距離走った後に、カラッカラの内臓から
込み上げてくる息のような、あの甘さ(笑)
で、最近母がハマってるのが、これです。
母は最近よく仕事で東京にくるのですが、新幹線に乗ってくるときは
必ず買ってきます! 車内販売にあるんです!
焼肉味キャラメルみたいなもんだと思って、初めは食べるの躊躇った
のですが、キャラメルじゃなかったです! これぞ珍味っ! 旨いっ!
皆さんも、東北新幹線「はやて」にお乗りの際は、是非お試しあれ。
肉体は借り物に過ぎない。
でももう顔が見れないと思うと、なんでこんなに寂しいんだろ。
魂の入れ物に過ぎなくても、やっぱ愛着って、どうしょもない。
先日、バイトを辞める決意をしました。
学校が週六で入っているので、どうにもこうにも働けないのです。(※)
が、菓子折りを持って最後の挨拶に行こうと思っていたところ、
店長が、「籍だけは置いといて、入れるとき入れ」と、ビックリするほど
優しい提案をしてくださったので、完全に辞めたわけではありません。
稼がにゃならんのですが、暫くの間、学業に専念することになりました。
土日は無理をすれば入れますが、土日にこそ各種講演会が催されて、
一年生の頃はそれによく参加していたことを考えると、お金を稼ぐため
だけにその時間を潰してしまうのは非常に勿体ない、と思ったのです。
バイト仲間との信頼関係のことを考えると、みんなだって学生なのに、
わたしだけこんなんで申し訳ない、と思いますが、すみません。。。
「近ちゃんがやりたいことを最優先させるべき」と言ってくれる、
本っっっ当に心優しいバイト仲間に、感謝してます(;∀;)
※ 時間割の組み方次第で、大学生はいくらでもバイトが可能です。教材を買って、長続きしたことがありません。
小学校低学年のときは進研ゼミ、高学年のときは東京学参。
果たして、何ページ開いたろう。
わたしがお金を遣えない性格なのは、親の教育方針とは全く関係ありません。
ただ、当時、幼心に、親への償いの気持ちが芽生えたことは確かです。
叱られたわけじゃないのに。 子どもって不思議ですね。
親との食事のときはいまだに、「気にしないで高いもの食え」と言われます(笑)
情けない娘です。。。
が、今回、懲りもぜず、実に十年ぶりに教材に手を出してしまいました!!
学費を払ってスッカラカンになってしまった通帳と、少々にらめっこ。
そんなに高いものじゃないので、買うことにしました。
安いし自腹ですが、だからと言って失敗が許されるわけもなく、
これを成功させることが、ある意味、トラウマからの解脱であります。(大袈裟か。)
一応、親に電話をして是非を問うてしまうのが、更にわたしの情けないとこですが、
「今度は頑張ります」と、なぜか敬語で話してしまいました(^^)ゞ
親がわたしのやることに反対しないのは初めから分かっていますが、毎回確認して
しまうのは、背中を押して欲しいからなのかも。 ああ、なんて情けない娘なの(笑)
夏の初め、韓国からいらした先生に日本語を教える、みたいなことを書きましたが、
先日、それはどうなった、とワセヨビ仲間に訊かれました。
そうそう、わたし、あの後、そのことについて記事書いてませんでしたね。
先生とは一ヶ月間のお約束でしたが、その後もお会いする機会があり、その度に
様々な発見があって、笑ったり、悩んだり、とにかく実りの多い時間を過ごしています。
で、今日は演劇博物館に行かれるとのことだったので、理由をお訊きしたところ、
資料館にご用がおありとのこと。 そこで、何の資料か、ということを更にお訊きすると、
(先生の研究に関わることなので、公開は控えさせていただきます)
なんだか居ても立ってもいられなくなり、同行させていただきました!!
わたしがこういった場面で積極的になるのは、(残念ながら)珍しいことです。
そこで出てきた資料は、ある作品のナマ原稿だったのですが、
朱色で書かれた検閲の跡など、大日本帝国のニオイがプンプンしました。
原稿はほとんど「変体仮名」や「くずし字」で書かれていて、読解はかなり困難でした。
「変体仮名」「くずし字」と呼ばれる文字を読解する授業を、一年生の頃取っていたこと、
そしてその頃は、日本史学専修に進もう、と思っていたことを急に思い出しました!!
アドレナリン が出ました(笑)
折角読めるんだから、その能力活かさないと勿体ないですよね。 読もう、わたし!!
今日もまた新しい発見があって、わたしは手相とかよく分かりませんが、絶っっっ対っ、
人との出会いに恵まれてる相だと思います。
末尾ですが、今回の出会いを授けて下さった、金應教先生に感謝申し上げます。
